『ギャングース』の原点となったルポ『ギャングース・ファイル 家のない少年たち』文庫化を記念し、最注目ルポライター・鈴木大介×直木賞作家・辻村深月対談を特別公開!

2015/05/27 20:30

インタビュー・対談] [関連書籍] [モーニングとモーニング・ツーの単行本

「モーニング」「週刊Dモーニング」連載中、待望の最新単行本⑧巻が発売開始となった肥谷圭介/ストーリー共同制作 鈴木大介『ギャングース』

本作の原案となった鈴木大介氏のルポルタージュ『家のない少年たち』(太田出版刊)が、直木賞作家・辻村深月氏による特別解題や鈴木氏書き下ろしのあとがきを加え、講談社文庫『ギャングース・ファイル 家のない少年たち』となってただいま絶賛発売中です!

近刊『最貧困女子』(幻冬舍新書)が2015年新書大賞第5位、13刷7万部突破となるなど、今最も注目を集めるルポライターである鈴木氏が、取材期間10年を投じた渾身の一作です。『ギャングース』ファンで未体験の方は、この機会にぜひ手に取ってみてください!


なお当サイトでは、『ギャングース・ファイル 家のない少年たち』文庫化と『ギャングース』⑧巻刊行を記念し、講談社の文芸誌「IN★POCKET」2015年5月号に掲載された、鈴木大介氏と辻村深月氏の特別対談をウェブ公開いたします! ぜひご覧ください。



『ギャングース・ファイル 家のない少年たち』刊行記念
【特別対談】 辻村深月×鈴木大介
「私たちは誰のために、書くのか」



日本の最貧困層を取材し続け、『最貧困女子』や『老人喰い』を書いた鈴木大介。
『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』で地方で生きる女性の姿を書いた、辻村深月。
彼らの作品は、彼らが描こうとしている人々には届かない。
ふたりは何のために、誰のために書いているのか。



辻村深月(以下、辻村) 鈴木さんの大ファンなので、今日はお会いできてとても嬉しいです!

鈴木大介(以下、鈴木) ありがとうございます。今、辻村さんの『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』(以下、『ゼロハチ』)を読み終えた直後です。すごく動揺していて、ちゃんと喋れるかどうか。あえて読了直後の感覚で臨もうと思ったのですが、大失敗でした。とてつもない作品です……。


『ギャングース・ファイル』との出会い

辻村 私が鈴木さんを知ったのは、『ギャングース・ファイル』(原題『家のない少年たち』太田出版刊)が原案の漫画、『ギャングース』がきっかけです。ルポルタージュの漫画化は珍しいことだと思うのですが、どういった経緯で実現したのでしょうか。

鈴木 『ギャングース・ファイル』の単行本を読んだ編集者の関根さんから、漫画にしたいと熱烈なアプローチをいただいたことがきっかけです。
ちょうど、自分の書いてるものが誰に伝わっているのか、悩んでいた時期でした。僕がこれまで書いてきた書籍の読者のほとんどは子供や女性の貧困に興味がある人たちでした。でも興味がない人にこそ、この問題に目を向けてもらいたいし、そうする必要があると思っていました。オファーをいただいて、漫画というパッケージなら手に取ってもらえるんじゃないかと思い、漫画家の肥谷圭介さんと組むことにしたんです。
辻村さんが『ギャングース』を読まれた理由はなんだったんですか?

辻村 もともと「モーニング」愛読者なんです。子供のころから、書店の袋に書いてあった「読むと元気になる!」という「モーニング」のキャッチコピーを知っていて、いい言葉だなと思っていました。ただ、一緒に『ああ播磨灘』の主人公も印刷されていたので、しばらくは、雑誌じゃなくて作品のキャッチコピーだと勘違いしてたんですが(笑)。
ここ数年は、毎週「モーニング」をとても楽しみにしていて、新連載も欠かさず読んでいます。だから『ギャングース』も、新連載が始まったな、と思って、最初は何の気なしに読んだんです。
感想を一言で言うと、グッときました。読んでいる間中、ずっとなにかにされているような感覚がありました。それと、欄外にある注釈「すずきメモ」も抜群に面白かった。この人、いったい何者だ!? と思い、著作に手を伸ばしたんです。

鈴木 「すずきメモ」は関根さんの提案なんです。僕は、漫画に現実の情報という不純物が入るのはどうかと思ったんですが、結果としてはあってよかったですね。




家がないということ。貧困ということ

辻村 文庫解説にも書きましたが、正直、最初は鈴木さんの著作を読むのが怖かったんです。この熱い漫画の原案が、事例を単純に分析していくだけの、冷たい視線のノンフィクションだったらどうしようと。でも、最近読んだどんな小説よりも面白い物語が広がっていた。少年たちが言葉にできない部分も、鈴木さんがサポートして描かれている。鈴木さんが書かれた少年たちの物語は、圧倒的に新しくて、優しいルポでした。
中で、少年たちの性格を「自堕落なくせにものすごく勤勉で」と書かれていましたよね。

鈴木 彼らは金もない、家族もない、頼れるものがありません。だから何事においても他人任せにできず、常に自分で動いていないと不安なんです。例えば僕たちは、熱が出たら薬を飲むか病院に行きます。でも路上生活をしている彼らは薬が買えない、保険がないから病院にも行けない。一週間後に自分が生きているか確信が持てないんです。そういう状態では、人間はじっとしていられません。だから彼らは一見、すごく生き生きしている。でも心は張りつめ続けていて、戦場を逃げ延びる難民のような心理状態とも言えます。

辻村 衝撃だったのは、主人公格の龍真が、漫画の『クローズ』について、「イラッときました」と言っていたところ。いわゆる「不良高校生」が描かれる漫画なんですが、龍真はそれを読んで、「高校に通えてるヤツが不良とか意味わかんねーし」「高校行くとか考えたこと一度もないし、そういう選択肢ないじゃないですか」と言う。その言葉が、とてつもなくショックでした。

鈴木 もちろん高校に行ってヤンチャしている「不良」はたくさんいます。ただ、僕の取材してきた層は、下手したら小中学校にもまともに通えていません。それは虐待や育児放棄の結果なわけですが、誰も助けなかった。不良の中にも格差があるんです。
例えばヤン車(ヤンキー車。車高を下げるなどした改造車)文化に、『ギャングース・ファイル』の少年たちは加われませんよね。日本では免許を取るには住所が必要だけど、彼らは住所不定。いざ住所を手に入れても、義務教育をほぼ受けていないということは、常用漢字も読めないということで、筆記試験だって想像以上のハードルです。だから車に乗れないんです。

辻村 メディアを通して見てきた不良像が、いかに紋切型だったかよくわかります。鈴木さんは、彼らは「その過去を滅多なことで人に話さない」と書かれていました。だからこそ、そこを丁寧に掘り下げている。一方で、メディアでは彼らのような少年たちの生まれ育ちを言い方は悪いですが「ろくでもない家庭」の一言にまとめてしまう。作り手側が単純化した像に甘んじていたんだと、視聴者としての自分を恥じました。

鈴木 テレビや新聞を作っている記者は、ある意味気の毒なんです。僕の取材する少年少女は、辛い経験ばかりの過去を喋りたがりません。とにかく時間をかけて関係を作ることで、ようやく壮絶な痛みを伴う過去がポロっとこぼれ落ちてくるような感じ。組織に所属している記者にはそんな時間はないし、いわゆる加害者と密接交際することで生まれるリスクも倫理問題もある。だから、僕みたいなフリーのライターが聞くしかないんです。
男女でも取材のハードルは違って、男の子の基本は武勇伝ですよね。その中にある不幸な過去、弱かった自分のことは語らない。というより男子は辛かった過去を忘れたふりをするのが得意です。なので一緒に過去を掘り下げる作業が必要で、話の時系列も思い出した順。深い信頼関係が築ければストレートにいろいろ話してくれますが、やはり時間のかかる作業です。
一方で、女の子は辛い過去を含めて「他人に語る用のセルフストーリー」を用意している子が多くて、話はしてくれるけどなかなか本当のことを話してくれないんです。半年取材して、その間に話したことは全部嘘なんてことも。特にセックスワーク(売春、風俗など)に従事する女の子は、お客さんからの「どこ住んでるの?」「何歳?」なんていう質問に答えるための「仮の自分」を持っているからなんですが、やはり時間をかけて話を聞いているうちに、心の綻びの隙間から真っ黒な痛みの記憶が噴き出してくるような印象です。
余談ですが女の子はすっぽかしも多いですね。最近、待ちぼうけの最長記録を更新しました、11時間です(笑)。

辻村 11時間! 結局その子は来たんですか?

鈴木 来ました。たぶん、最初の5時間は、「今から行きます」のメールをくれたあと、二度寝しちゃった。次の2時間は「鈴木、怒ってるだろうな」という逡巡、そのあとの1時間は、「まだ待ってるよ」「申し訳ないんで日を改めます」の押し問答、最後に着替えや移動時間があって11時間です。
でも、たかだか1時間、話を聞くためだけに11時間待ってくれる相手ってそうそういないわけで、そういうことも含めて信頼関係の構築なんです。


彼らは言葉を持っている

鈴木 非効率な取材活動ですが、そのかわり感覚的な記憶を伴う言葉を語れる取材対象者との出会いは、記者活動のダイナミズムです。僕は「語れる言葉を持つ相手」という言い方をするんですが、その「言葉」というのは、語彙の数のことじゃない。豊かな言葉で話すのに、リアルな感情が伝わってこない子もいます。
「語れる言葉」を持つ子の言葉からは、景色、感情、温度、そういったものが空から降ってくるような感じで、それこそが僕が取材で聞き取りたいもの。具体的な言葉を書きとめても、実はなにも伝わらないんじゃないかなと思ってます。

辻村 本を読んでいる私たちが感じるのも、「言葉」を持つ子が話し、鈴木さんがその場で感じ形にされた景色なんでしょうね。
「語れる言葉」というのは、私の地元の子たちが使う言葉と似ているのかもしれません。彼女たちは本もあまり読まないし、語彙も少ないし、文章がうまいわけでもない。でも、おしゃべりやメールの中に出てくる言葉は、いちいちキラキラして、生々しくて、豊か。私にはとうていできないような、生の感情が詰まってるんです。会うたびに、ほんとうに敵わないな、と思っています。
以前なにかの記事で拝見して驚いたんですが、鈴木さんは取材の録音はその日のうちに消してしまうと。

鈴木 もちろん文字に起こしてから消してますよ(笑)。ただ、僕にとっては話すあいだに、彼らが見せてくれる景色、物語の輪郭が一番大切。そこに録音された言葉と受け取った感情で、色を塗っていく。ICレコーダーにある言葉だけが真実じゃないんです。言葉は足りていても、足りない色があったらまた話を聞きにいく。その繰り返しです。




『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』のリアリティ

鈴木 『ゼロハチ』の圧倒的な人物描写には、正直、打ちのめされてしまいました。地方の子、都市の子、地方から都市に出てきた子。貧困をテーマにした取材では地方の女子の話を聞き取ることが多いんですが、『ゼロハチ』には地方に住む様々なクラスタ(集団、階層のこと)に属する女子の言葉や心情が、驚くほどリアルに描かれている。実際、取材はされたんですか?

辻村 作品のためにした取材はほぼありません。私自身が『ゼロハチ』の舞台である山梨育ちで、主人公みずほと同じように、県外の大学を卒業して地元に戻りました。この離れていた4年間で、地元を俯瞰できるようになったことが大きかったと思いますね。
同業者には「こんなの書いて地元に帰れないでしょ」って言われました。実際は帰ってますが(笑)、最高の褒め言葉でしたね。
『最貧困女子』(幻冬舎新書)にプア充(経済的には恵まれないが充実した人生を送る人々)のたくましい女の子たちが出てきますよね。『ゼロハチ』に出てくるコミュニティは、まさにプア充とよく似てる。東京の人にはなかなか信じてもらえないんですが、その地域、その世代の中心的なコミュニティに参加しているかどうかが、自分が生き抜けるかどうかのすべてなんです。私は地元に戻って、そのコミュニティに入れてもらえたんですが、それが本当に嬉しかった。
でも、やっぱり違和感はありました。例えば私が一緒にいた子たちには、本を読む習慣がありません。長いから読めないと。本屋で待ち合わせしても、みんな店に入らずに外で待っているんです。空いた時間で何をするかというと、居酒屋で合コン、飲み会。そのあとカラオケ。夜は予定が入ってないと負け。友だちが多いことが勲章なんです。
私はそうやって過ごすうちに、毎晩のように車に相乗りして遊びに行くような、密すぎる関係に疲れてしまいました。結局リーダー格の子に「絶交」を食らってしまって(笑)、そのままコミュニティからも除外されてしまいました。

鈴木 まさに渦中に身を置いてらしたわけですね。辻村さんの女の子それぞれの描写は、ルポライターの取材ごときじゃ敵いません。とくに、コミュニティの中心的存在、合コンも仕切る男前で、その一方で誰より一番女っぽい政美という女性は、モデルがいるとしか思えなかった。

辻村 政美も他の登場人物も誰かそのまま、というわけではなく、これまで見てきた子たちのいろんな部分を組み合わせていますね。
『ゼロハチ』は山梨を出た年に書いた作品です。地元にいた時には言えなかったこと、もどかしかったこと、彼女たちの強さに対しての敗北感。すべてを詰めこんで、書きました。執筆はデトックスみたいでしたね。しかも優雅なエステではなく、高熱で苦しみながら汗をかいて絞り出す感じ。書き終えた瞬間、「明日からゼロハチ書かなくていいぞ!」と思うほどの達成感がありました(笑)。


母と娘、母と息子

辻村 『ゼロハチ』ではともに依存しあう二組の親子を書きました。母が嫌いと明言し、東京で自立した娘になったみずほ。地元でお母さんと仲良く暮らしていたチエミ。彼女たちを見ている人が苛立つのは、そこに自分の母娘関係を投影してしまうからだと思います。
地元で自分が見てきたものを掘り起こしてみたら、母娘関係がすべての起点になっていたことに気付きました。他の要素はそれにくっついてきたものだったんです。
単行本の『ゼロハチ』の帯には「娘は母を殺せるのか」と書いてもらいました。フィクションでも現実でも、娘が母親を殺す事件は少ないんです。これだけ愛憎が深いのに、なぜか殺せない。言い換えれば、「娘は母を許せるのか」という問いに挑戦し、向き合った作品だったと言えます。

鈴木 作中、「虐待」という言葉が出てきますが、虐待された子と親、特に母親との関係は、子供の性別によってかなり違ってくるんですよ。
男の子は暴力やネグレクトの中に母親の弱さを見つけて、許すかわりに距離をとります。男の子は家庭内暴力で反撃するから虐待が止むなんて言説もありますが、大間違いです。やり返しても抵抗できない子供のころの傷は癒えたりなんかしない。ただ心の奥底に傷は抱えたまま、他人になるんです。
逆に女の子の場合は同性だからなのか、母親が弱いことが許せない。怨嗟感情を抱えたまま、他人にはならない。少し離れては母親の下に戻ることを繰り返し、場合によっては罵り合い続ける相互虐待になることも。『ゼロハチ』は「付かず離れずの毒母と娘」という、男の僕が感覚的に理解するのが難しかった部分が圧倒的なリアルさで描かれていました。『ゼロハチ』には思い入れがあるキャラはいますか?

辻村 やっぱりチエミですね。刊行後、友だちのお母さんに、「チエミはこんなひどい目にあわなきゃいけないほど、悪いことをしたのか」って泣かれたんです。私は『ゼロハチ』の結末に迷いはなかったし、今までそんなことは言われなかったのでかなり驚いて。
たぶんいつもの私の読者は、チエミを見ると、作中の亜理紗のようにイラついてしまうんです。自分たちはちゃんと考えて、現実を切り開いてやってきた。それにくらべて考える力がない子、ちゃんとしていない子たちは努力をしていないように見える。だから、極論を言えば、彼女たちの不幸は当然の罰なのだと考えてしまう。でもその友人のお母さんはチエミを「かわいそう」だと言ってくれた。それで私の描いたチエミ像は間違ってなかったんだなと思えました。



辻村深月『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』は、講談社文庫より発売中です。

辻村深月『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』は、講談社文庫より発売中です。


地方で生きる、見えない女子たち

鈴木 今、努力の話になりましたが、『最貧困女子』を書いたあと、地方出身の高学歴女性の貧困リスクが高いことに気付きました。地元のコミュニティはスクールカースト上位の人たちで構成されている。その上位の人たちは、一般的には学歴はそう高くありません。一方で、地方ではカースト下部にいたある層の女子は、努力して勉強して都会に出て、学歴を獲得できた。たぶん収入も地元の何倍もあります。でも下剋上が成ったわけではなくて、地元に戻れば相変わらず下層になってしまうんです。
じゃあ、その子がもし都会で失職して、心身ともに失調したときに誰を頼るのか。地元に戻れば、コミュニティは相変わらずスクールカーストの延長線上です。抜け出してきたはずのカースト下部に戻ることで、精神的な苦痛はとても大きい。加えて、地方のプア充女子の取材をしていて驚いたのが、高学歴・専門職になってしまうと、地方ではむしろ働き口が減るって言うんです。たとえば薬剤師は都市部では稼げる仕事ですが、地方には薬局が少ないし、チェーンのドラッグストアなどでは給料も安い。やっと見つけた職場が合わなくても、逃げ場がないということで、これは資格が足かせになるケースです。これで親も貧しく恋人もいないとなると、地元に戻るよりはギリギリまで都市部で粘るしかない。年齢がアラフォーでおひとり様だと、もう本当に驚くほど容易に貧困に陥ってしまうわけです。
 実はこの話は、当事者の地方出身高学歴女子ではなく、高卒で地元に就職した女の子たちから聞いたんです。しかも、半ば「ざまあ」(ざまあみろ)というニュアンスで……。

辻村 地方で生き生きしている子は、高学歴の人をすごく嫌いますよね。たとえば「大卒の県庁職員と合コン」という、一見よさそうな話を、「真面目な変わった人が多そう、バカにされてる感じがする」と言って嫌がるような傾向にある。

鈴木 そこは都市部との大きな違いですね。地方ではカーストに基づくコミュニティに参加していないと生きにくいし、今コミュニティに所属している人たちも、内心では不安なのかもしれない。わかりやすい例に「結婚カンパ」というのがあります。結婚式の費用を友人からのカンパで賄うもので、カネを集められるやつほどカッコいい。でも実は、これは出さない人をあぶりだすゲームで、「カンパ要請が回ってくる自分」を確認するゲームなんです。そこから出て行った人たちは、彼らの生活からはじかれてしまう。

辻村 最近、三十路を過ぎた女の子たちから、母親にいきなり「結婚しないの」と聞かれ困惑しているという話をよく聞くんです。彼女たちはたいてい母親の望むように進学して、Uターンして、自分の趣味を楽しみながら正社員で働いている。そういう子はだいたいコミュニティには参加していません。その状態でいきなり結婚相手を探すことはとても難しいんです。

鈴木 地方の30代の未婚女性の焦りはかなり強いですね。最近だと地方の20代女子のキーワードは、「25歳が出産限界年齢」。20代のうちに一人目を小学校に入れたい。理由を聞くと、まず親の体力の問題。親が若いうちにガンガン子育てを手伝わせようという。そして出産後のジョブプランニング。実は彼女たちからは専業主婦願望がゴッソリ抜け落ちている。夫の所得も決して高くないので、むしろ早く職場復帰したい。その時に親を頼りたいから、元気なうちに産んじゃおう、となる。
そして何より大きいのが、同世代の友達とのシェア感覚ですね。仲間内で子供を同時期に生んで、子育て用品から保育託児、悩みまであらゆるものをシェアしようと。こうして聞いているとすごく戦略的なんですが、これは普段の話し合いから編み出されたようで、彼女たちはとにかく仲間で結束して、どんな問題も話し合って協力して答えを見つけるんです。都会から戻ってきた子にすれば、なんで毎日こんなに顔を合わせるのか、と思うくらいに。

辻村 閉塞感が強い代わりに、ギリギリまで何でも許しあい、強く結束する文化ですよね。だからこそ、コミュニティに入ってないだけで、その地域では存在していないことになっちゃう。今、地方自治体が、嫁不足解消のために都会の女子を招く、いわゆるお見合いツアーをやっていますよね。でもそのツアー先にだって、独身の若い女の子はいるんです。見えていないだけで、たくさんいる。

鈴木 同世代間の結束が強まれば強まるほど、学校のカースト構造がずっと続く。結果としてコミュニティから疎外され続ける層もあるわけですよね。

辻村 それは男性も同じで、条件もいいし優しい男の子でも、見た目が良くないと全然相手にされない。『ゼロハチ』の果歩みたいな不倫中の子や、チエミみたいな冴えない子すら、ダサい男子を結婚相手に選ばない。女子コミュニティの中で、「旦那さんカッコいいね!」って言ってもらえるかどうかがすべてなんです。もちろんお見合い結婚もカッコ悪くてダメ。恋愛でくっつかなきゃいけない。それが不倫率の高さに繋がっていきます。未婚のダサい男子より、既婚のカッコいい男子の方が圧倒的にモテるんです。その結果、結婚、出産願望が強い地元志向の子が、20代から何年間も不倫に費やしてしまうというすごく残酷なことが起こっていく。

鈴木 僕は数年前にそれまでまったく縁もゆかりもなかった田舎に引っ越してきたんですが、田舎と言っても本当に田舎で人口そのものが少ないので、その中での不倫は一生を潰す可能性があります。
だから、地元のモーテルの入り口は、すごく巧妙に作ってあるんですよ。抜け道の途中から入るようになっていたり、裏の杉林を回った先にひっそりとあったり。なぜかと言うと、地元民は車を見れば持ち主がわかるので、誰がホテルに行ったかすぐバレる。それで入り口を隠すホテルがにぎわうわけです(笑)。それを考えると、『ゼロハチ』はそれよりもう少し人口がいる地域かなと思いました。

辻村 エリアのイメージは地方都市とその周辺ですね。

鈴木 都会ですねえ(笑)。


観察する力と怒る力

鈴木 辻村さんの観察力は、尋常ではないと思いました。通常、人は自分が属していて普段接している階層の人以外の心情ってなかなかわからないものなんです。だから大手メディアは、大手メディアに就職して記者になれた人の視野でしか情報を発信できない。ところが辻村さんは、複数の階層の人々の心情をとんでもなくリアルに描くんです。一体この人は、接した相手からどれだけの情報を受け取ってるんだろうって呆然としますし、一方で辻村さん自身がどのグループ、どの個性に属していたのかが、僕はわからなくなってしまった。ちなみにそんな辻村さんは僕をどんな人間だと想像してらしたのかなと(笑)。

辻村 とにかく圧倒的に優しい人だと思いました。取材対象と自分が性別も世代も違う場合、どうしても相手と自分の世界を切り離して、観察や研究に徹してしまいがちだと思います。でも鈴木さんの文章は、この子たちをどうにかしたいと思って悩んで、一緒に立ち尽くしているのがわかるんです。変な話、取材謝礼の数万円が、彼女たちの生活を少なからず支えている実感も伝わってきます。本当に優しい方だと思いました。ただ、そういう子たちの中に入っていき、話を聞けるくらい信頼される人なんだから、もっとざっくばらんな兄貴タイプの方なのかと思っていました。こんなに穏やかな語り口の方だとは、意外です。

鈴木 今は『ゼロハチ』にやられてるだけですよ(笑)。僕は優しいというより、むしろ癇癪持ちなんです。取材対象の子たちは自分や自分の生きてきた環境を、可哀相だとか異様だと思いたくなんかありませんよね。だから自分を取り巻いていた理不尽さへの憤りや怒りを押し殺してしまっている。僕は話を聞きながらそれが堪えられない。我慢なんかすることなかった、怒ってよかったんだよって、お前のせいだったなんて絶対考えるなって。僕自身が取材しながら激昂するものだから、本人たちも、僕に引きずられて、当時の気持ちを思い出してくれるという感じでしょうか。もちろん現実と直面したら二度と立ち上がれない子もいるので、怒りのボリュームをつねに調整しながら取材していますし、一緒に立ち上がれなくなっちゃうこともままありますが。


誰のために、誰に向けて書くのか

辻村 『ゼロハチ』刊行当時の記事に「アラサーの代弁者」だと書かれたことに、すごく抵抗がありました。『ゼロハチ』に書いた子たちは、誰ひとり自分たちのことを伝えてほしいなんて望んでいないし、苦しみから救済してほしいとも思ってない。そんな人たちの気持ちを代弁することは、私にはできません。
それに彼女たちは多分『ゼロハチ』は読まないし、読んでも自分のことだとは思わないです。それでも、誰も書かないけど、今ここに生きているこの子たちの存在を知ってほしかったんです。そして、私は彼女たちのことを、他の誰にも書かれたくなかった。現実の私は彼女たちに迎合もできなかったし、嫌な思いもしました。だけど彼女たちが誰かにけなされると、「お前らあいつらの半分も必死に生きてないくせに!」と思ってしまうんです。
『負け犬の遠吠え』で酒井順子さんは「負け犬は都会の生き物です」と書かれました。でもいつの間にか30代未婚は負け、という意味で言葉だけが独り歩きしてしまった。正しい意味を知らない地方の子は、都会から入ってきた「負け犬」という言葉にただ傷つけられるばかり。
数年たって、林真理子さんが「負け犬は地方で事務服を着ている子たちのことではない」とはっきり書いてくださった。ありがたいと思うとともに、「地方で事務服を着ている」私たちには名前がないんだ、と痛感しました。それなら、私が、私たちの物語を書き始めようと思ったんです。
ただ、彼女たちに名前はつけたくありませんでした。鈴木さんが本の中で書かれていたように、名前があると、こうあってほしいとか、こうあるべきだとか、誰かの気持ちが入りこんでしまって、彼女たちそのものではなくなってしまうので。

鈴木 その点で『最貧困女子』はちょっとやらかしたと思っていて(笑)。あれが売れて、何度か取材を受けたのですが、言葉がまさに独り歩きしたり、内容を誤解した記事が世に出てしまったりして、僕が書いたこととは、ズレも出てきていると思っています。自分自身取材を受けるのが下手という自覚はあるので、あんまり強くは言えないんですが(笑)。
ただ、明らかに景色を見誤っている人たちはいますね。とくに都市部の真ん中から、都会の目線で発信している人たちは、間違いやすいんです。

辻村 そうそう、渋谷でとったデータは、社会の平均データにはならないですよね。日本の中で唯一、東京だけが異質な場所だと思います。別の国みたい。

鈴木 すごく嬉しいです! 「東京だけが日本じゃない」って、ここ数年の僕のテーマだったんですが、これまで情報の発信源は常に東京であって、その発信者たちはまさに自分の属する階層の景色しか見えてない。政策についても同じです。なぜ今、若者の貧困がこれだけ叫ばれているのかとよく聞かれるんですが、こんなことは今に始まったことじゃないんです。20年前の暴走族雑誌の読者投稿なんか、子供の貧困のオンパレードですよ。今とまったく変わらず、こんなにアホでこんなに貧しいという声があふれています。単に都会にいる、豊かなあなたたちに見えていないだけで。
僕は「モーニング」や講談社文庫を読んでいる人にも「あなたたち全員が加害者意識を持つべきだ」と思っています。編集部、出版社も、僕自身だってそうです。講談社の窓ってすごく大きな一枚ガラスですよね。これ一枚と貧困層の所得を比べたら、絶望的な気分になります。再分配って発想はなかったのかなって思ったりして。いずれにせよ僕が描いているのは、すでにそこに連綿とあり続けた格差なんです。


漫画『ギャングース』の可能性

辻村 カズキたち3人が少年院から出てきて初めて食べた牛丼の甘みを感じた瞬間、訳もなく泣きだしてしまいますよね(単行本⑤巻)。あのシーンがとても好きです。

鈴木 あれは実話ですね。退院した子から聞きました。実はそっくりなシーンを小説で読んだことがあるんです。半村良さんの『晴れた空』、戦災孤児の物語です。戦後の荒れ果てた街で、孤児たちが闇取引の砂糖を盗んで食べる。すると、目にヨダレの腺があるかのようにわっと涙が出る。その子から話を聞いたときに、ああ、この子たちは戦災孤児と同じ、荒廃した世界で生きてきたんだと実感しました。『ギャングース・ファイル』は『晴れた空』に捧げたいと、ひそかに思っています。

辻村 出てくる牛丼屋は必ず「すき家」ですが、こだわりはあるんですか。

鈴木 すき家が最も安くたっぷり食えるということもありますが、温かいんですよ。漫画の打ち合わせが深夜に及ぶと、午前4時とかのすき家によく行くんですが、お客はみんな本当に疲れ果てた顔をしている中、ワンオペのおばちゃん店員がホカホカの牛丼を出してくれるんです。真冬なんか、丼持っただけでも手のひらがありがたい。みんな自然に「ごちそうさま」って言って帰りますよね。労働待遇の問題で叩かれることの多いファストフード産業だけど、温かいなって思うんです。

辻村 作中ではソウルフードとして登場しますよね。主人公たちのチームは『ギャングース・ファイル』の中に、彼かな? と思うモデルがいますが、唯一、主人公のカズキという、超ポジティブで「折れない心」をもった少年だけはまったくの創作だそうですね。現実では絶対にありえないという前提で作られたと拝見しました。

鈴木 カズキの性格、態度は現実ではありえませんね。残念ですが、そんなにポジティブじゃいられませんし、折れることこそが不良のリアルでもあります。そもそも不良の世界では、少しでも年上の相手にタメ口をきいた時点でぼこぼこにされます。そういう点でも、彼は現実のルールすべてから逸脱している。肥谷さんが造形した、完璧にフィクションのキャラクターです。実際、折れない姿を描くことは、反面で本来人の心をへし折るほどの負担が軽く陳腐に感じられてしまいかねないという難しさもあるんですが、ファンタジーだからこそ、カズキにはノンフィクションにはありえない可能性があって、『ギャングース』の世界も広がったと思っています。

辻村 「すずきメモ」にありましたが、幼いカズキと、コンビニ店員のシドさんが出会うエピソード(単行本⑦巻)は、肥谷さんのオリジナルエピソードだそうですね。あの話も大好きです。これまで鈴木さんと物語を積み重ねてきた肥谷さんの中から、オリジナルのエピソードが出てきた。『ギャングース』が鈴木さんの原案、現実から離れて、漫画として完成していく様子を見られるのが、とても嬉しいです。




物語の力を信じて

辻村 今、子供の貧困、貧困女子がメディアでも多く取り上げられています。でも一方で貧困と低所得は違うという前提や、貧困という状態自体をまったく想像できない人たちがほとんどです。私自身も、もしかしたらそうかもしれない。同じ国で同じように生きているはずなのに、見ている現実が違う。そのなかで鈴木さんのお仕事にはすごく意味があるし、大切だし、なにより読んでいて面白いと思えること、読ませる力に満ちていることが頼もしいです。

鈴木 そう言っていただけるのは嬉しいです。僕が書くのは、読むのに結構体力のいる本ですから。
ただ、正直なところ、この仕事ができるのはあと4年くらいかなと思っています。今20歳の子は5年後には25歳になってしまう。新しく取材対象の少年少女を探すことは、僕が年をとればとるほど難しいんです。だからといってコメンテーターや研究者になったら、他のことで時間をとられてしまって、それこそ11時間相手を待つことはできないでしょう。現場から離れて、現実とズレたことは言いたくない。
実は内心、将来は文芸にチャレンジしたいと思っていたんですが、『ゼロハチ』を読んでだいぶ心が折れました。ナメたことを考えてすみませんでした(笑)。

辻村 読者と編集者はいつでも歓迎だと思いますよ(笑)! 鈴木さんの本は、読んでいて辛いことも多いんですが、陰鬱な気分に物語の強さが勝つから、ページをめくる手が止められない。
誰かの語る個人的なストーリーに勝るものはありません。『ゼロハチ』も同じです。「地方の女の子ってこうなんです」という特徴を並べることに意味はありません。個人的なものに見せかけても、その向こうに何人も同じような子がいる。小説家はそれを事件という強いストーリーを通して見せることができます。僣越なんですが、鈴木さんの本を読んだときに、自分の伝えたいことと近いことを、現実の場面でやっていらっしゃる方がいるんだと思えて、嬉しかったです。
『ギャングース・ファイル』という現実の龍真たちの物語を踏まえて、漫画『ギャングース』がどうなっていくのか、今後も楽しみにしています!

鈴木 ありがとうございます!


(「IN★POCKET」2015年5月号より再録)



鈴木大介(すずき・だいすけ)

1973年千葉県生まれ。ルポライター。「犯罪者側の論理」「犯罪現場の貧困問題」をテーマに、裏社会、触法少年少女らの生きる現場を中心とした取材活動を続ける。著書に『家のない少女たち』 『奪取 「振り込め詐欺」10年史』(以上、宝島SUGOI文庫)、『フツーじゃない彼女』 『援デリの少女たち』(以上、宝島社)、『最貧困女子』(幻冬舎新書)、『最貧困シングルマザー』(朝日文庫)、『老人喰い 高齢者を狙う詐欺の正体』(ちくま新書)など。「モーニング」&「週刊Dモーニング」連載中の漫画『ギャングース』(漫画 肥谷圭介)ではストーリー共同制作を担当。


辻村深月(つじむら・みづき)

1980年2月29日生まれ。山梨県出身。千葉大学教育学部卒業。2004年に『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。
他の著作に『子どもたちは夜と遊ぶ』 『凍りのくじら』 『ぼくのメジャースプーン』 『スロウハイツの神様』 『名前探しの放課後』 『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』 『島はぼくらと』 『家族シアター』(以上、講談社)、『本日は大安なり』(角川書店)、『水底フェスタ』(文藝春秋)、『盲目的な恋と友情』(新潮社)など。
『ツナグ』(新潮社)で第32回吉川英治文学新人賞、『鍵のない夢を見る』(文藝春秋)で第147回直木三十五賞を受賞。
※閲覧環境により表示が異なる場合がありますが、「つじ」の漢字は二点しんにょうです。



  • ギャングース (8)

    モーニング

    ギャングース (8)

    肥谷圭介 ストーリー共同制作 鈴木大介

    発売日:2015/05/22
    定価:本体552円(税別)

  • ギャングース・ファイル 家のない少年たち (講談社文庫)

    モーニング

    ギャングース・ファイル 家のない少年たち (講談社文庫)

    肥谷圭介 ストーリー共同制作 鈴木大介

    発売日:2015/05/15
    定価:本体700円(税別)

モーニング

モーニング

モーニング2017年52号
2017年11月22日発売
定価:本体324円(税別)
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週刊Dモーニング

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週刊Dモーニング2017年52号
2017年11月22日配信
スマホ版モーニング月額500円で配信中

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モーニング・ツー

モーニング・ツー

モーニング・ツー2018年1号
2017年11月22日発売
定価:本体546円(税別)
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